幼稚園生から小学生の頃の自分の話

2020年11月3日

自分が幼稚園生から小学生の頃の様子を書いてみたいと思います。
なんせ40年以上も前の記憶なので曖昧なのと嫌な記憶が飛んでたり補正が入っていたりするのはご了承ください。

僕が通っていた幼稚園はお寺の住職が経営していていたずらや悪さをするとお寺のだだっ広い本堂に正座させられていたものでした。
いつもTくんという友だちと一緒にいたずらをしていつも叱られていた園児でした。
いたずらを思いつくのは僕でTくんを誘っては悪巧みをしていました。
そしてそのたびに園長先生に叱られて本堂で正座をさせられるのでした。
友達と遊んでいるとみんなは普通に遊んでいるのですが、いつもなぜか自分だけが泥だらけになったり転んだり動作がみんなより遅いんだろうと思っていた記憶があります。
運動ははっきり言って苦手でした。足は遅くボールもうまく投げられないので、鬼ごっこやボール投げをするときはいつも泣きながら途中で家に帰ってしまう感じでした。

小学校のときの記憶はいつも叱られていたことばかりです。
授業中に先生の話を聞いているのですが、廊下や屋外で物音がするとそっちに気が取られてしまい授業が全く解らなくなってしまいました。
また字を書くのが遅く先生が言うことや黒板に書くことをノートや連絡帳に書くのが遅くて人の倍の時間がかかっていました。
そのため連絡帳がまともに書けずに忘れ物が多くいつも先生から叩かれたり耳を引っ張られたりしていました(当時は体罰は当たり前のように行われていましたので)。
給食の時間はおしゃべりに夢中になってしまいみんながが食べ終わっても一人だけ食べ終わらずに昼休みにみんなが校庭で遊んでいる時間に先生に早く食べろと叱られて泣きながら食べていたことを思い出します。
宿題の漢字練習がとても苦痛でした。
一つの字をノートに何十個も書くという作業は永遠に終わらない作業に思えました。
ですのでいつも宿題が終わらずに学校に行っていました。
今になって思えば書字障害のせいで字がうまく書けない上にADHD特有の注意力散漫で机にじっと座っていられなかったせいだとわかるのですが、当時は発達障害というものがまったく認知されていなかった時代だったので、なぜ自分だけ出来ないんだろうと先生に叱られる度に子供ながらに悩んでいました。

家では宿題の他に母が用意したドリルを毎日やらされていたのですが、宿題さえも終わらないのにそんな課題ができるはずがありません。
いつも母の目の盗み答えを丸写ししてズルをしてました。
怒られてばかりの僕が少しでも叱られる要素を減らそうとする子供ながらの精一杯の悪知恵でした。
もちろん常に罪悪感はありましたが・・・

子供の頃から今までずっとですが、好きなことはとことん続けられる反面、一度嫌になったり飽きたりしたら二度とやろうと思わないというのも自分の特性でした。
小学校2年生から算数の塾に通っていたのですが、計算が好きで同じ塾に中学校3年まで通っていました。
ところが友人から誘われて入った学校のサッカー部は運動が苦手なので嫌になってしまい3回くらいで行くのを辞めたくなってしまいました。
辞めたいと思って先生に言って辞めたのですが、同級生や先輩たちが許してくれずにしばらくの間「来いよ」と声を掛けられていたので、みんなの目を盗んでこっそりと家に帰っていました。
いつも自分がすごく悪いことをしてるように感じて辛い日々でした。

こんな自分を両親はいつも出来が良くないダメな子だと認識していました。出来の良い妹や弟を可愛がり自分はいつも叱られてばかりいました。
酷いときには顔が腫れるほど父親に張り倒されたり、「反省するまで入っていろ」と物置に閉じ込められたりしていました。
ですので今でも治らないいつも両親の顔色を伺うような性格の下地ができてしまったのでしょう。

こんな生活の中で唯一の救いは祖父の存在でした。
自分がなにか成功するとすごく褒めてくれて温かく接してくれました。
自分は算数が得意だったのですが、算数で100点を取ると両親は褒めてくれませんでしたが祖父が自分のことのように喜んでくれました。
またスイミングスクールで昇級するといつも美味しい釜飯屋さんに連れて行ってくれました。
自分が得意なことを褒めてもらえるだけですごく幸せでした。そのおかげでますます算数と水泳が好きになりました。
家に居場所がないと一緒に車に載せてくれてドライブに行ったり美味しいものを食べに連れて行ってくれたりしてくれました。
父親に叱られているときや物置に入れられていたときに助けてくれたのも祖父でした。
祖父の存在がなければ、その時の自分は自滅していたかもしれません。

多分、僕と同じような辛い幼少時代を過ごして来た方や現在辛い時間を過ごしている方、お子さんが辛そうにしている方もこれを読んでいるでしょう。
僕が経験してきた辛いことを僕の息子にはできるだけ味わせたくないと思っています。
親として甘い考えだと思う方もいるでしょうが、生きづらいと思ってる人が少しでも生きやすくするためのヒントになればと思いブログを続けて行きたいと思います。
自分の幼少期の話にはまだなんのヒントもないかもしれませんが自分でも振り返ってヒントを探すために書いてみました。

別の機会に中学生以降の自分の話を書いてみたいと思います。